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我々が単純に「風邪」と呼んでいるものは、多くはインフルエンザ症候群であり、その原因となるのはインフルエンザウイルスです。このウイルスのために試合に出られず悔しい思いをした人は少なくないかと思います。あるいは選手が減って試合そのものがなくなってしまったという例もあることでしょう。草野球的にもこのウイルスは「敵」であり、憎い存在です。 ほとんどの草野球人は風邪をひいた経験をお持ちでしょう。その対処の仕方は人それぞれです。基本的には体内に入り込んだインフルエンザウイルスを直接撲滅するのではなく、ウイルスによる症状を緩和するという「対症療法」が実施されます。この章ではインフルエンザ症候群の対処についてではなく、インフルエンザウイルスの疫学的特徴について述べます。草野球人の楽しみを奪うインフルエンザウイルスとはどんなやつなのか知っておきましょう。
インフルエンザウイルスには、A型・B型・C型の3種類があります。このうち、これまで世界的に大流行し、多くの人命を奪ってきたのがA型ウイルスです。よくインフルエンザウイルスは変異を起こすと言われますが、最も変異を起こすのがA型ウイルスで、B型の変異は少なく、C型はほとんど変異を起こさないと言われます。インフルエンザウイルスの表面には、ヘマグルチニンとノイラミニダーゼという2種類の抗原があり、それぞれHとNで表現されます。A型ウイルスの場合、Hには13種類、Nには9種類あり、このHとNの組み合わせを変えることで、いとも簡単に変異するわけです。20世紀初めのスペイン風邪はH1N1、20世紀中期のアジア風邪はH2N2、香港風邪はH3N2であることがわかっています。1977年から1991年にかけて調べた日本国内のインフルエンザ流行を調べてみると、A型ウイルスのH1N1、H3N2とB型ウイルスの3種類のインフルエンザウイルスが全国的流行を繰り返し起こしています。C型ウイルスは全国的な流行は起こさず、地域限定の流行にとどまるようです1,2)。
インフルエンザウイルスが起こす変異には、HとNの組み合わせが変わる変異(抗原シフト)と、Hの一部分やNの一部分が変わる変異(抗原ドリフト)の2種類があります3)。野球的に表現すると、Hを投手、Nを捕手と仮定した場合、投手や捕手が選手交代するのが抗原シフト、投手はそのままで投げ方が変わったり、捕手はそのままで配球が変わったりするのが抗原ドリフトと言えます。どちらにしても打者は攻略法を変化させねばなりません。 このようにインフルエンザウイルスは打者を翻弄する術を備えているため、打者である我々の免疫能が対応しきれないため、インフルエンザウイルスに“打ち取られて”しまうわけです。しかし、変異が起こらなかった場合、少なくともA型ウイルスについて27年間は免疫能が持続することがわかっています4)。ただしC型ウイルスについてはそもそも免疫が成立しないのではないかとも考えられています2)。
インフルエンザの大流行の中でも、最大は1918年のスペイン風邪で、全世界で約3千万人が死亡しました。日本でも死者38万9千人を数えました。スペイン風邪の後も、アジア風邪(1957年)、香港風邪(1968年)、ソ連風邪(1977年)と、世界的大流行は続きますが、これらは上述の「抗原シフト」によるものです。ソ連風邪はスペイン風邪と同じH1N1型でしたが、スペイン風邪から60年近く経っていたため、ほとんどの人がH1N1の免疫を持っていなかったため大流行になってしまいました。 大流行と大流行の間にも小流行が毎年のように発生していますが、これらは「抗原ドリフト」によるものと言えます。
しかし予防接種法からインフルエンザが外れたことで、国内のワクチン製造メーカーがワクチン製造設備を縮小し、またウイルス培養用の鶏卵も製造されなくなったため、将来、緊急にワクチン需要が増したとしてもほとんど対応できない状況になってしまいました。この状況に警鈴を鳴らす研究者は少なくありません。鶏卵を用いたウイルス増殖方法の代替として、培養細胞によってウイルスを増殖させてワ クチンを製造する方法の研究も行われています7)。 大流行の時は別にして、そうでない場合の風邪に対する認識について、あくまでも私個人の見解では、健康な人が予防策に苦心するより、風邪に罹った人が他人にうつさない苦心の方が優先されるべきだと思います。他人にうつしそうなことがわかっていながら、何の対策もとらずに本当にうつしてしまったら、それは傷害罪に等しい...大げさですがそのぐらいの認識が必要でしょう。
(初版2002.5.5)
(改訂2003.2.21) (改訂2004.3.11) (改訂2008.5.28) 【参考資料】 (1)「インフルエンザ流行史とインフルエンザ発見史」, 清水一史, 日本臨床, 55巻10号, 1997 (2)「A型,B型,C型インフルエンザウイルスのウイルス学的,疫学的ならびに臨床的特徴」, 松崎葉子ら, 日本臨床, 55巻10号, 1997 (3)「現代ウイルス事情」畑中正一, 岩波書店 (4)「インフルエンザウイルスの抗原性変異のメカニズム」, 清水一史, 日本臨床, 58巻11号, 2000 (5)「新型インフルエンザウイルス出現のメカニズムとその予防対策」, 喜田宏, 日本臨床, 58巻11号, 2000 (6)「インフルエンザワクチン予防接種の問題点と今後の課題」, 神谷斉, 日本臨床, 58巻11号, 2000 (7)Immunogenicity in BALB/c mice of Reverse-Genetics Avian Influenza H5N1 virus cultured in mammakian cells.,Wilai Thongdeejaroenら,第55回日本実験動物学会総会講演要旨集, p159, 2008 |
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