「草野球の窓」
第23章
「ドーピング」
(1)アンチ・ドーピング活動

 ドーピングとは、一般的に薬物によって競技で好成績をあげようとする行為を指します。オリンピックなどの国際大会で話題になったりしますから、我々草野球人も一般知識として何となく知るようになりました。草野球ではドーピング検査もありませんし、そもそも薬物を使う動機も希薄ですから、我々には無縁と言ってもいいのですが、競技人の端くれとして、また自分たちの子供らのために知識を深めておくことにしましょう。この章では、まずアンチ・ドーピング(ドーピング防止)活動について触れたいと思います。

ドーピングの定義
 上に「ドーピングとは薬物によって競技で好成績をあげようとする行為を指す」と書きましたが、実はこれはドーピングの一例に過ぎず、実際には8項目からなる定義付けがなされています。これを定義しているのは、1999年に発足した世界アンチ・ドーピング機構(WADA:World Anti-Doping Agency)で、2003年に採択された世界ドーピング防止規程に明記されています1)。(最新版は2009年1月1日から発効。)

 この世界ドーピング防止規程で定義されているのは次の8項目です。(ある程度要約しました。)

(1)競技者の検体に禁止物質またはその代謝物もしくはマーカーが存在すること。
   これは我々がよく知っている項目です。ここでは代謝物やマーカーなどの禁止物質使用の痕跡が認められても違反としています。
(2)競技者が禁止物質もしくは禁止方法を使用すること、またはその使用を企てること。
   これは検査で禁止物質を検出することが全てではないことを意味しています。すなわち、本人の自白や証人の証言、長期間の観察結果などからも違反が証明されることもあるということです。またここでいう禁止方法の具体例としては、血液ドーピングが挙げられます。血液そのものは薬剤ではありませんが、酸素運搬能を向上させる方法として禁止されているわけです。またその他にも、糖質コルチコイドのように、皮膚に塗るのは許されるが、経口摂取や注射は認められないという例もあります。
(3)通告を受けた後に、理由なく検体の採取を拒否したり回避すること。
   平たく言えば、逃げたり隠したりしたら疑われても仕方ないよ、ということでしょうか。
(4)居場所情報の提出などを含む競技会外の検査に対する要請に競技者が違反すること。
   日本では、(財)日本アンチ・ドーピング機構(JADA)が3カ月毎の居場所情報の提出を義務づけています2)。この提出を怠るとJADAから警告が発せられますが、それが18ヶ月の間に3回なされると違反になります。WEBベースで居場所情報が管理できるような体制が構築されており、アンチドーピング管理システム(ADAMS)と呼ばれています3)。これを開発・提供しているのはWADAです。
(5)ドーピングコントロールに不当な改変を施したり企てること。
   ドーピングコントロールとは、ドーピングを監視し、違反を摘発することを指します。これに不当な改変を企てるとは、例えば検査の識別番号を意図的に変えたり、検体の入った容器を破損したりすることを指します。
(6)禁止物質や禁止方法を保有すること。
   禁止物質の保有はわかりますが、禁止方法の保有というのは、具体的事例が示されておらず現時点では不明です。いったい何を指しているのでしょうか?
(7)禁止物質や禁止方法の不正取引を実行または企てること。
   これは(6)の保有の禁止に準じた内容です。保有していなくても、不正な取引を企てただけで違反と見なされるわけです。
(8)競技者に対して禁止物質を投与するか、投与を企てること。または違反を支援・援助・隠蔽、もしくはその他の形で違反を共同するか、企てること。
   この最後の項目は、競技者本人ではなく、競技者以外を対象にしています。具体的には、監督やコーチ・トレーナー・チームドクターなどが対象でしょう。2007年8月の福岡ソフトバンク:ガトームソン投手の違反に対する制裁は、本人に対する出場停止(20日間)だけではなく、球団に対しても制裁金(750万円)が課せられていますが、この項目が準用されたものと思われます。ガトームソン投手がシーズン前にすでにトレーナーに申告していたからです。ちなみにガトームソン投手はドーピング目的で薬物服用していたわけではなく、使っていた発毛剤に禁止薬物が入っていたというものでした。

 さて、このドーピング防止規程では、全97ページにわたって条文が書き連ねられていますが、その中には時効についての条文も存在します(第17条)。それによると、ドーピング防止規則違反から8年間同じ違反がなかった場合には、その違反について時効が成立すると定められています。


日本のアンチ・ドーピング活動
 アンチ・ドーピングの世界的組織であるWADAは、国際オリンピック委員会(IOC)、国際競技連盟(IF)、国内オリンピック委員会(NOC)、そして各国政府や行政機関などと連携しています。日本からは文部科学副大臣がアジア地域の常任理事として運営に携わっています。つまり日本はWADAの常任理事国なのです。当然、WADAのアジアオフィスは日本に置かれています。このオフィスに常駐しているスタッフは内閣府からの出向です。
 WADAの年間事業予算は、設立から3年間は国際オリンピック委員会(IOC)が拠出していましたが、2002年からはスポーツ団体側と各国政府側がそれぞれ50%ずつ拠出することになりました。各国の2009年の拠出分担金を表にしてみました4,5)。(GDPは2007年。)
 日本はアメリカに次いで世界第2位の拠出国であることがわかります。拠出額は国連と同様にGDP比を基にして算出されているかと思いましたが、GDP世界第4位の中国の拠出額の極端に少ないことから必ずしもそうとは言えないようです。ともあれ、日本はWADAの活動に資金面で相当大きな貢献をしているのです。ちなみに他の常任理事国(2009年)は、アメリカ・南アフリカ・スペイン・オーストラリアです。

 さて、日本におけるアンチ・ドーピング活動は、2001年(H13年)に財団法人として設立されたJADAが中心となって行なっています。2005年(H17年)には、国連教育科学文化機関(ユネスコ)総会で、スポーツにおけるドーピングの防止に関する国際規約が採択され、翌年日本も同規約を締結しました。これがアンチ・ドーピング活動を国が後押しする協力な根拠となりました。文部科学省は、規約上の義務を履行するため、2007年(H19年)に「スポーツにおけるドーピングの防止に関するガイドライン6)を策定して、文部科学省・WADA・JADA・スポーツ団体の役割を明確に規定します。WADAの設立から8年掛かって、ようやく日本も国ぐるみのアンチ・ドーピング体制が整ったわけです。

各主要国のWADA拠出分担金(2009年)
国 名拠出金額(US$)GDP順位
アメリカ180万1
日 本150万2
カナダ90万9
ドイツ70万3
イタリア70万7
フランス70万6
イギリス70万5
ロシア70万11
スペイン40万8
オーストラリア27万15
メキシコ27万13
中 国24万4
オランダ22万16
 文部科学省のアンチ・ドーピング活動事業は、H21年度に予算面で飛躍的に拡大しました。前年度予算2億6千万円に対し、270%増の9億9千万円となっています。事業には、教育・研修の実施、検査体制の整備、アジア地域への貢献などがありますが、大幅な予算増の背景には、2016年オリンピックの東京招致活動に寄与するという目的もあるようです7)


野球団体のアンチ・ドーピング活動
 JADAのホームページには加盟する各種スポーツ団体の一覧が掲載されています8)。現在(2009年4月)確認できるのは60団体あり、日本陸上競技連盟や日本サッカー協会などのメジャーな団体から、日本ビリヤード協会や日本綱引き連盟、日本山岳協会など、あまりドーピングの印象が強くない競技団体まで含まれており、それだけアンチドーピング活動の裾野の広がりを感じさせます。
 この一覧の中で、野球団体として加盟が確認できるのは、全日本アマチュア野球連盟(傘下に、日本野球連盟、全日本大学野球連盟、日本高等学校野球連盟を擁する)だけですが、実際には全日本軟式野球連盟も2008年に加盟しています。全日本軟式野球連盟ドーピング防止規程も作成されておりホームページで確認することができます9)。内容はほぼWADAとJADAに準じたものです。

 日本野球機構(プロ野球)は、JADAには加盟せず、文部科学省のガイドラインに基づいた独自のアンチ・ドーピング活動を行なっているようで、NPBドーピング禁止規程(非公開)を定め、ドーピング検査はNPB医事委員会、違反に対する制裁は調査裁定委員会、異議申し立てに対する審判はアンチ・ドーピング特別委員会が担うというような体制をとっています10)。ちなみにこれまでプロ野球界においてアンチ・ドーピング違反で制裁処分となったのは、福岡ソフトバンク:リッキー・ガトームソン投手(2007年8月)、読売ジャイアンツ:ルイス・ゴンザレス選手(2008年5月)、東京ヤクルト:ダニエル・リオス選手(2008年6月)の3人です。


ちょっとしたトリビア
(1)2009年4月現在、文部科学副大臣は、山内俊夫参議院議員(香川選挙区)と松野博一衆議院議員(千葉3区)のお二人です。山内副大臣は自身のホームページ【こちら】の表紙に右の写真が堂々と掲載されており、かなりの野球人であることがわかります。ただし、実際にWADA常任理事であることが確認できるのは松野副大臣です。なお、前任者は松浪健四郎衆院議員、その前は馳浩衆院議員で、お二人とも元レスリング日本代表でした。

(2)WADAの総会は4年に1度開催されます。次回は2011年です。この総会には世界各国のスポーツ担当大臣が出席しますが、日本にはそのようなポストがありません。常任理事国の日本だけが副大臣ではつり合いが取れないため、総会前に文部科学大臣から直接命令を受け、大臣代行という形で大臣格を持って出席することが恒例となっています。
【追加】政府の教育再生懇談会が、第4次報告で「スポーツ庁」の設置を提言しました。仮に実現すれば次回のWADA総会はスポーツ庁長官が出席することになるかもしれません。
スポーツ庁設置を提言=第4次報告まとまる−教育再生懇(2009.5.28時事通信)


山内俊夫
文部科学副大臣
(3)JADAは役所ではなく財団法人ですから、基本的には独立採算制です。事業資金は、政府予算の他に、オフィシャルスポンサーシッププログラムやtoto助成金からも調達しています。オフィシャルスポンサーシッププログラムは、スポンサーの商品に禁止薬物が入っていないことをJADAが認定することで認定料をとっているわけですが、ドーピング検査機関が認証ビジネスを行なっているのは世界でJADAだけです。平成17年の国会で荻原健司参院議員がこの点に触れ、政府予算をもっと増額すべきと訴えていたことがありました11)
(4)JADAという略称は、日本アンチドーピング機構の他にも多数あります。社団法人「日本自動車販売境界連合会」Japan-Automobile-Dealers-Association、社団法人「中高年齢者雇用福祉協会」Japan-Association-of-Development-for-the-Aged、「全国自動ドア協会」Japan-Automatic-Door-Association、有限責任事業組合「日本広告配布事業協会」Japan-Advertisement-Distribution-Association、「日本ディジュリドゥ協会」JApan-Digeridoo-Association などです。


(初版2009.4.23)
(追加2009.5.11)
(追加2009.5.28)


【参考資料】
(1)世界ドーピング防止規程(PDF), (財)日本アンチ・ドーピング機構
(2)居場所情報管理細則(PDF), (財)日本アンチ・ドーピング機構
(3)ADAMS居場所情報提供マニュアル(PDF), (財)日本アンチ・ドーピング機構
(4)2009 Contributions(PDF), WADA
(5)List of countries by GDP, wikipedia
(6)スポーツにおけるドーピングの防止に関するガイドライン, 文部科学省スポーツ・青少年局
(7)平成21年度概算要求主要事項説明資料, 文部科学省スポーツ・青少年局
(8)加盟団体一覧, (財)日本アンチ・ドーピング機構
(9)全日本軟式野球連盟ドーピング防止規程(PDF), (財)全日本軟式野球連盟
(10)NPBアンチ・ドーピングガイド2009, 日本野球機構オフィシャルサイト
(11)第162回国会/文教科学委員会議事録, 参議院会議録情報


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