「草野球の窓」
ミャンマー野球紀行 <10>


ミャンマー最後の練習日

5月12日(月)
 朝5時起床。家に明日帰国すると電話(日本時間は朝7時)をかける。1分通話で約500円。高いなぁ。。
 いつもと同じメニューの朝食を取り、ホテル横にある雑貨屋で最後の買い物。毎日店番をしていた子供とも今日でお別れだ。別れが言いたいけど言葉がわからないので手を振ってバイバイをする。待ち合わせ場所の毎日イスを貸してくれたミッキーおじさんにも明日日本に帰ると挨拶をして別れる。

 球場についてストレッチから参加。最後のキャッチボールの相手はチョウチョウトゥンとゾーゾーだ。チョウチョウトゥンは肩が良い。コントロールさえつけば素晴らしい投手になるだろう。ゾーゾーも小さい体で60メートルは投げる。将来は貴重な左投手として活躍してくれるだろう。
【26】ワナトゥン

【27】ポジン

 キャッチボールの後はリーダー5人がコーチをしながらの練習となる。まずは内野ノックをしているミンゾーグループのファーストに入る。ミャンマー野球チームの問題児?パピーのめんどうをよく見ていた。監督がいる時もいない時も全く変わらない真面目な練習態度で「一生懸命」という言葉がぴったりのミンゾー。彼を見ているとミャンマー野球チームの活動テーマである「野球を通じての健全な人間形成教育」がしっかりとなされていると実感出来る。私も彼を見習わないといけないな。。
 その後、外野守備練習のミョウタントゥングループの中継に入る。ミョウタントゥンは26歳で野球歴は2年半、真面目で穏やかな性格。ショートの守備は堅実だ。指導は優しくて見本を見せながら行いとても丁寧。年の離れた弟達3人(ワナトゥン16歳【26】、ゾーゾー13歳、ポジン8歳【27】)のめんどうをよく見ていて、兄というよりもお父さんといった印象だ。マンマンティンと共に将来の指導者として活躍してくれるだろう。
 ミンルイグループは持久力アップのメニューだそうで、延々とランニングをしていた。このグループの練習は辛すぎるので見ているだけにした(笑)。練習メニュー、指導方法にリーダーそれぞれの性格がでていて見ているだけでも面白い。

 グループ練習が終わり、いよいよレギュラーメンバーが守備についてチョウチョウトゥンと私の対戦だ。初球のストレートが大きく外れる。あいかわらずコントロールが定まらない。2,3球目もボールとなり、置きにきた4球目を左中間へ大きな当たりのヒット!と思いきやレフトのマンマンティンに好捕される。その後の打席はサードゴロ、ライトフライ2本、センターフライ、センター前ヒット3本、ライト前ヒット、、レフト越えヒット、三振3つ四球が3,4個。通算13打数5安打3三振だった。コントロールが定まらず、置きにくるボールが多かった前半はヒットが出たが、調子が出てきた後半は完全に抑えられた。ストレートとカーブの腕の振りが同じなので打ちづらかった。マウンドからの球速は120キロくらい。練習を重ねてコントロールがつけば私には手に負えないピッチャーになるだろう。いつになるかわからないが次の対戦が楽しみだ。
 マンマンティンとは4打席勝負。ファーストライナー、ライトフライ、四球、ショートゴロ。サイドからのストレートはシュートがかかっていて打ちづらかった。球速は115キロくらいだがボールに勢いがある。コントロールは良いほうだ。変化球がないので、落ちるボールを覚えればもっと良くなるだろう。約20打席連続して打席に立ったので後半はかなり疲れたが、最後に好投手と真剣勝負ができて嬉しく、そして楽しかった。

いよいよ別れの時が来た

 いよいよ別れの挨拶。通訳は中嶋君がしてくれる。緊張して実際に何を言ったかはよく覚えていない。以下は挨拶を考えたときにメモ書きした文。

「約3週間、みなさんの仲間に入れていただきありがとうございました。とても楽しく過ごすことが出来ました。みなさんは近い将来ミャンマーナショナルチームとして他の国と試合が出来る日が来ると思います。普通の人にはナショナルチームのメンバーになるチャンスはまずないでしょう。しかし、みなさんにはそのチャンスがあります。今の時間を大切にして練習をしてください。これからの練習の中で辛くて野球を辞めたいと思うときがあるかもしれません。しかし、野球場のグランドで教わったことは一般社会に出ても必ず役に立つはずです。とにかく、辞めないで野球を続けてください。またグランドで会えることを楽しみにしています。ありがとうございました。」

 挨拶が終わった後にミャンマーチームから「Mr.HIGA FIGHT!」とエールを送られる。 ちょっと照れくさいけど、とても嬉しかった。最後に全員集合しての記念撮影【28】。その後1人1人と握手をする。選手達に「今度はいつ来るの?」と尋ねられてちょっと困ったがとりあえず「来年にはまた来るよ」と言っておいた。

 車に乗る私を選手達が手を振って見送ってくれていよいよお別れだ。帰国するにあたってまったく寂しくないと言えば嘘になるが、正直、あまり寂しくはなかった。これから何度となくミャンマーには訪れるのだな、との確信があったからだ。

 岩崎さん宅で食事を取ってからホテルに帰りシャワーを浴びてからチェックアウト。このホテルの人達にも世話になったな。。毎朝、食事を作ってくれた(毎食、まったく同じメニューだったけど....) 男の子にお礼を言って別れる。その後、タクシーで岩崎さん宅に戻り岩崎さん達が練習から帰るのを待つ。

 午後5時30分、岩崎さん達が帰宅。空港に出発するまでの1時間、雑談をして過ごす。話の中で「今度はチームで遠征に来てください」と言われ、本気で遠征が実現出来るかな?と考えてみる。来てくれそうな人の顔が4人浮かぶ。私を入れて5人、残り4人なら何とかなるかもしれない。思わず、「実現出来ますよ」と返事をしてしまう。本当に実現出来るかわからないけれど 帰ったら早速誘ってみよう。
 午後6時30分、空港に出発する時間となる。岩崎さんご夫婦、アウン・ナイン・ウーさん、中嶋君と握手を交わし笑顔でさようならをする。次に会えるのはいつになるのだろうか? そんなに長い時間はかからないのだろう、きっと。。

【28】ミャンマーの野球仲間たち



★★あとがき★★

 他の人に読ませる予定はなく、あくまでも日記として記していた文章ですので、理解出来ない部分もあったかと思いますが、ミャンマー野球チームの様子を少しでも感じて戴けたら嬉しく思います。
 ミャンマーでの体験は私にとって貴重で素晴らしいものでした。日本からほど遠く、文化、生活習慣、環境もまるで違うミャンマーという国で、野球を通じてたくさんの友達が出来たことが最大の収穫でした。貧しくて3食まともに食べられない子供、学校に行かない(行けない)子供等、経済的に豊かな日本では想像も出来ないような環境下にある子供も練習に参加していました。そのような子供達と3週間接してみて自分自身の普段の生活を考えさせられることが多くありました。「好きなことが出来る喜びと感謝」を今は感じています。
 ミャンマーから帰って来て今思うことは、行って良かったということと、またすぐにでも行きたいということです。最後まで素人文章を読んでくださった方々ありがとうございました。

 最後に、「ミャンマー野球紀行」を制作してくださった「草野球の窓」幹事の松山さん、野球道具を快く寄付してくれた根本さん、伊藤さん、徳永さん、小松さん、高橋さん、光田君、本当にありがとうございました。

2003年12月25日掲載


2003年12月28日〜2004年1月3日、日本草野球人有志によりミャンマー遠征が実現しました。


ご意見、ご感想はこちらまで
比嘉 満


海外草野球交流トップ

1 2 3 4 5 6 7 8 9 10


〔**トップ **〕/ リーグ名簿チームリンク集スポーツ安全保険草野球資料室草野球フォーラム「まるドの目」
「くまの穴」「草野球の科学」「マネージャーの声」「拝啓 新興チーム様」** ログイン**